幸福な生徒、不幸な生徒

「受験」と聞くとネガティヴな印象を抱いてしまうことが多いのはなぜだろうか。
そういった感情を抱く者は、そもそも高校や大学なんて行っても行かなくてもいいのだから、わざわざ受験勉強する必要などないのではないだろうか。
私の地元では、勉強なんか大嫌いなのに高校へ進学する者が圧倒的に多くて、本当に面白い。
自らにとって不幸な道を、自らの意思で進もうと思うのは、なぜだろうか。

ありきたりの理由としてあげられるのは、「進学するのが”普通”だから。」だろう。
友達や親からの同調圧力を受け、その期待に応えようとする。
つまり、自分の意思で自分の人生を決定できない、不幸な状況に陥っている。

親も学校の先生も予備校の講師も、なぜ勉強しなければならないのか、という問いに対するアプローチが乏しいため、子どもを不幸にしてしまうのだろう。

当塾の生徒に「なんで勉強するの?1週間考えてみて。」と宿題を出したことがある。
ひとの役に立つため、つきたい職業があるから、人に差をつけたいから
いろんな答えが返ってきた。
この中に不正解などない。
正解もないのかもしれない。
しかし、ただ一つだけ言えるのは、どれも私が考える「勉強すべき理由」(それも間違っているかもしれない)とはかけ離れていたものの、生徒全員がじっくり1週間かけて考えてくれたこと自体が、本当に嬉しいのだ。
考えなんてころころ変わるわけだから、「もう勉強する意味ないと思うんで。」という回答を出してしまう時が来るかもしれない。
それでも私は生徒に考えさせ続けたいと思う。なぜ学ぶのかを。

ちなみに、なぜ学び続ける必要があるのか持論がある人間は全員、(どんな性格であれ)最高に輝いている。

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